また、3人で笑える日がくるなんて。──名古屋港水族館で見つけた“家族のかたち”

家族の思い出

「行ってみようか、水族館」

そう口にしたのは、彼女だった。

あの日の話し合いから数日。まだぎこちなさは残っていたけれど、娘の前では自然な笑顔を見せようと、ふたりとも努力していた。

そして迎えた土曜日。

朝、カーテンを開けると、雲ひとつない青空だった。

窓際に差し込む光が、娘の寝顔をやさしく照らしていた。

「今日はね、おでかけだよ」

そう声をかけると、娘はぱちりと目を開けて「え?どこいくのー?」と、まだ寝ぼけたまま聞いてきた。

「名古屋港の水族館、行ってみようか」

そう言うと、娘は目をまんまるにして、「しゃちさんいる?いる?」と跳ねるように聞いてきた。

「いるよ。大きなしゃちも、イルカも、ペンギンも」

「やったー!!」

小さな体が弾むように笑っていた。

その姿を見た彼女と僕も、つられて笑った。

少しずつ、少しずつ、こうしてまた歩き出せたらいい。

水筒とおやつをリュックに詰め、スマホのバッテリーを確認して、久しぶりに3人でのお出かけの準備をする。

名古屋港までは、僕が住んでいる知多半島の東浦町から、車でおよそ40分ほど。

渋滞を避けたくて、少し早めに家を出た。

車中では、娘はずっとしゃべりっぱなしだった。

「しゃちって、おっきい?」「およげるの?」「とぶの?」

その一つひとつに、彼女も笑いながら返していた。

僕はそのやり取りを、静かに聞いていた。

仲直りしたとはいえ、完全に元通りではない。

でも、少なくともこの空間には、もう“冷たい空気”はなかった。

“きっかけ”って、こういう瞬間のことなのかもしれない。

名古屋港水族館近くのコインパーキングに車を停めると、潮の香りがした。

港の風が、少しだけ夏の匂いを含んでいた。

エントランスはひとつだけ。

そこを起点に、右手が北館(シャチ・イルカ・ベルーガ)、左手が南館(日本の海〜南極の海)。

今日はあえて、左手の南館からゆっくり回って、最後に北館へ行くことにした。

水族館の入り口には、家族連れやカップルが行列をつくっていた。

「すごいねぇ」「いっぱいひとがいるねぇ」と、娘は手をぎゅっと握ってきた。

その小さな手を握り返しながら、僕は思った。

──この手を守りたい。

──この笑顔を、また毎日見られるようにしたい。

ふと隣を見ると、彼女が目を細めて娘を見つめていた。

入館すると、涼しい空気とともに、巨大な水槽が目の前に現れた。

南館。「日本の海」から「南極の海」までを再現した展示エリアだ。

「わあ〜〜〜!」

娘は声を上げて、走り出した。

小さな体が、大きな魚たちの前で跳ねるように揺れている。

彼女と僕はその後ろ姿を見て、また笑った。

こんなにも簡単に、こんなにも素直に笑える時間が、いつから僕らにはなくなっていたのだろう。

「ねぇ、パパ!しゃち、まだ?」

娘は何度も聞いてくる。

そのたびに「まだだよ〜、でももうすぐだよ」と繰り返しながら、そろそろ北館へ向かった。

館内の通路を進むと、天井から差し込む青い光が広がる、水中の世界へと続いていった。

「見てごらん、水の中にいるみたいだね」

僕が言うと、娘は小さく「うん」と言って、手を広げてくるくる回った。

その姿を、彼女がスマホでそっと撮っていた。

北館2階へ行くと、水中観覧席があった。

そこからは、横29メートル・縦4メートルの大窓越しに、イルカたちの泳ぐ姿が見えた。

青く澄んだ水の向こうに、イルカが優雅に泳いでいる。

「すごいねぇ…」「きれいだねぇ…」と、娘は何度も言った。

そして、不意に彼女が口にした。

「なんかさ、言い合った夜のこと、もう…水に流せるかもね」

ぽつりとこぼしたその言葉に、僕は何も言えなかった。

ただ、頷いた。

僕も、同じことを思っていたから。

スタジアムでは、イルカパフォーマンス「BLUE ECHO」が始まっていた。

昼公演。炎天下の屋外プールだけど、海風が少し涼しく感じた。

大きなジャンプに、娘は大興奮。

「パパも、とべる?」なんて言って、笑っていた。

「パパはちょっと無理かもな〜」

そう言いながら、彼女と目が合った。

ふたりとも、心から笑っていた。

──これが、見たかったんだ。

──この笑顔を、また取り戻したかったんだ。

パフォーマンスが終わり、拍手が響く中、娘がふたりの手を同時に握ってきた。

「たのしいね!」

その一言が、何よりの答えだった。

午後は南館の「黒潮大水槽」へ。

回遊魚たちがぐるぐると泳ぐ姿を眺めながら、彼女がつぶやいた。

「家族もさ、ぐるっと回って、また戻ってこれるのかな~!?」

「うん」とだけ僕は答えたけれど、その一言の重みを、心で何度も噛みしめた。

この言葉を聞けただけで、今日来てよかったと思った。

娘の体力を考えて、午後3時すぎには水族館を出ることにした。

(夏休みには“夜間営業”で遅くまで楽しめる日もあるけれど、今日は無理をしない、と決めていた。)

出口へ向かう途中、娘がもう一度だけ振り返った。

「しゃちさん、またねー!」

その声に、僕たちはそろって手を振った。

外に出ると、名古屋港の風が心地よかった。

港のベンチで少し休み、娘は持ってきたおやつを嬉しそうに頬張った。

帰りの車の中で、娘はあっという間に眠ってしまった。

バックミラーに映る寝顔を見つめながら、僕はそっと思った。

この子のためにも、もう一度、ちゃんと歩き出したい。

過去を責め合うより、未来を語るふたりでありたい。

家に着いて、娘を布団に寝かせたあと。

キッチンで並んでコップを洗っていると、彼女が言った。

「次は、どこ行こうか?」

その問いに、胸が熱くなった。

「どこでもいい。3人で行けたら、どこでもいいよ」

そう答えると、彼女は少し照れたように笑った。

その笑顔が、僕の中で何よりの“再出発の合図”だった。

また、あの日のように

“また3人で笑える日がくるなんて”

数ヶ月前の僕だったら、想像もできなかっただろう。

でも、今は信じられる。

ゆっくりでも、遠回りでもいい。

僕たちは、きっとまた強くなれる。

この先も、娘の手を取りながら。

彼女の隣で、歩いていきたいと思う。

そしていつか、今日のような日が、当たり前になっていく未来が来たなら。

──もう、何も言わずに「ありがとう」って、言えるような気がする。

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※本記事は実体験をもとに再構成したエッセイであり、プライバシー配慮のため日付や細部を一部ぼかし、理解を助ける目的で時系列や表現を調整しています。

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